良い写真を撮るには。

良い写真を撮るには。

猫

今回は、私のブログのテーマでもある

「良い写真」の正体を探るための考察です。

完全に素人の自論なので、そんな考え方の人もいるんだ、程度で読んで頂ければ構いません。

私自身の今の写真に対する考えをまとめ、数年後に見返してどのくらいその考え方に差異があるのか、違和感を持つのか、

そして、「良い写真」を撮影することができるレベルに近づけているのか、

何年先の未来から判断するために、今の気持ちを残しておこうという気持ちで書きました。


前書き

良い写真とは。

①「良い写真」とは。

私の考える、「良い写真」の本質とは、前記事「良い写真とは何か。」で書いた、

「物理的なもの以外が感じ撮れる、心の底からグワッと何かが上がってくる気持ちなど、表現されているもの」としました。

その2次元の紙媒体を見るだけ、ストーリーを感じたり、人の間の愛を感じたり、自然界の言葉にできない美しさ逞しさが感じ取れるもなど、ざまざまです。答えないんです。でも自分は上記のことは大きく的を外しているとは思っていません。

 

②「良い写真」の始まり

「良い写真」の始まりは、

撮影者自身が、まず心を揺さぶられる状況に気がつくことが「良い写真」の始まりとなるのではないかと思っています。

シャッターを切る際、何かしらの衝動があるはずです。

見える景色、状況の中で、「何か」を感じて写真に残そうとしているはずです。

その「何か」をもっと掘り下げて、どういう部分に自分は揺さぶられシャッターを切ろうをしているのかを、深く突き詰めることが大事で、それが「良い写真」の始まりになるヒントだと感じています。


良い写真を撮るための過程

良い写真に近づくための4つの過程

「良い写真」に近づくための過程は、

メンタルの部分とフィジカルの部分が混在しており、最低でも次の4つの過程が必要になると感じています。

1.感度の高い感情センサーで感じ取る

2.完成形のイメージを持ち、カメラを操る

3.瞬発力を持ってシャッターチャンスを逃さない

4.より伝わるように現像する

第1: 感度の高い感情センサーで感じ取る

何故それを撮ろうとしたのか、を自分の言葉で表現できるようにする。

色が綺麗、形が魅力的、光の当たり方、質感、頑張っている人の姿に感動した、親子の表情に愛を感じた、など、

恥ずかしくても良いので、自分が感じたことを言葉に出してみれば、シャッターボタンを切る理由が見えてくるはず。

もし言葉にできなれば、シャッターを切る必要はない。撮っても良い写真にはなり得ない。

第2: 完成形のイメージを持つ

第1で、自分の感じことを言葉にできたら、次はそれをどう表現しようかと完成形をイメージする。

完成形をイメージすることはかなり難しく、ここからは自分の感性を信じるしかありません。

自分はどう感じどのようなイメージで写真に収めたいと思ったか。

ふわっとした雰囲気?背景ボケボケで被写体を際立たせたい、フラットな客観的な視点で、など、漠然でいい。

そしてイメージが見えてきたら、

1.レンズ、画角

2.構図

3.絞り・ボケ感

4.シャッタースピード・動感

5.ISO、露出補正・暗明度

など、カメラとレンズの調整をしていきます。

この5つを瞬時に行うことは困難なので、せめて、2の構図と、3のボケ感、4の動感のコントロールは自分でしたいです。

撮影前に撮る被写体が決まっている場合は、1のレンズ画角はある程度決められる場合が多いと思いますし、5の暗明度はRAW現像すれば後からでも調整できます。でも。234はその場で決める必要があり後で変えることはできませんので全力でイメージを具現化できるようにカメラを操る。

第3: 瞬発力を持ってシャッターチャンスを逃さない

第2はあくまで、理想論です。

実際の撮影では、変化していく光、状況、表情、など、一瞬を切り取る必要があります。

スポーツ写真などはその典型で、アスリートたちの一瞬の行動を切り取る必要があります。時には宙に舞い、物理的にその位置に存在するのは1秒もないタイミングだらけです。プロのスポーツカメラマンさんの話では、そのスポーツを理解し、どんなところを撮りたいか、どう見せるか、先にイメージをもって撮影すると聞きました。これは、スポーツの躍動感やその選手の強みを発揮できるシーンを事前調査し、どの位置から撮るかと事前に検討しているようです。これは第2の思考を念入りにしていることになります。

第4: より伝わるように現像する

第3までの過程を行い撮った写真を、より伝わる写真にするために色合いや明るさを調整することも大切だと思います。

当初の感じたイメージを、写真をみた人に伝わるように、ホワッとした色合い、コントラスト強め、ビビットに、フラットにと、最終調整を行う。

RAW現像を前提として撮影する人も多いかと思いますが、今のカメラには、ホワイトバランス、フィルムシミュレーター、ピクチャーコントロール、という、事前にカメラ内で完成形のイメージを設定することができます。そこまで強いイメージが始めからあれば使っても良いかと思いますが、結局は、RAW現像の方がより細かな表現ができる。

 

以上は、「良い写真」を撮る際の最低限だと思っています。

この過程を確実に行えば、「良い写真」に近づけるはずだと感じています。

特に第1が重要で、自分の感情センサーをもっと敏感に、鋭く持つことが重要で、そこで自分だけの切り口を持った写真になると思います。

シャッターボタン押すだけ、いきなりオールドレンズつかう、フィルムライクに色合いをいじる、

雰囲気頼りになっていないか、など、そもそもの自分の感情にもっと目を向けるべきだと思います。


イメージを持つには

写真を撮り続けることでイメージが湧きやすくなる
「良い写真」と撮るための一番大切な要素である、感じたことを最大限に伝えることができるイメージを持つ。
ということはかなり難しいです。ですが、私が今まで写真を撮ってきてなんとなく、感覚を掴めそうという感覚になった時があります。そのイメージを持つ際のポイントをまとめます。

①経験を重ねるほどイメージが湧きやすくなる

私は、毎年、ハイドロフライトという水上競技の大会の写真を撮りに行っています。

撮影に行く前に前年の写真を見て、想像を膨らませ、どんなイメージにしたいか、そのためのポジション撮り、レンズ、カメラ設定、天候に合わせた露出を確かめます。

1年目は、撮影ポイントからの見え方、選手の動き方、技のタイミングなど、不慣れで、無知な状態での撮影でしたが、2年目は、前年の経験と、テーマを躍動感や浮遊感など、被写体の良さを最大限に表現できるように決め、空を背景に飛んでいるイメージを強くもってそれだけを狙い撮影しました。この写真のその時のもので、自分の中で沸いていた表現したいイメージに近いものが撮れたと思っています。

ハイドロフライト

次の写真は、選手が上昇と下降を繰り返す浮遊感を出した写真にしようと思い、撮ったものですが、上手くいかず、家で現像の際に、選手以外の部分の彩度を下げ、選手が浮かび上がるように現像しました。

ハイドロ

この事例のように、撮影を再チャレンジする場合には、場数を踏むことでよりイメージが膨らみやすく、前年の悔しい思いを挽回できるように思考錯誤を繰り返すことができるので、色んな撮影体験をし、場数踏んで、イメージする感覚を養い、他の撮影にも活かすことができるので、考えイメージしながら経験を重ねることは重要だと感じます。

②新しい切り口・着眼点に気が付けるようになる

私には姪っ子がいます。毎年、運動会や学芸会に写真を撮りに行っています。

一番初めの運動会は、「ザ・運動会」というようなどこかで見た写真の模写のようなものを撮っていましたが回数を重ねるごとに、そのイメージがだんだんと変化してきました。実際に、走っている時の姿やダンスをしている時の表情も素敵ですが、

徒競走で走る直前の顔、走り終わった後の緩んだ顔、恥ずかしそうな顔をして親に抱きつく姿、など本人や保護者までもが意図しない自然な表情をし、その場の雰囲気、親子間の愛でいっぱいの空気を感じ、それを撮りたいと感じるようになりました。

このその場の空気感を想像できる写真というものも、良い写真のための重要なものだと感じました。

女の子

運動会 後ろ姿

③同じ被写体でもいろんな顔があることに気がつく

写真を撮る人の中には、人しか撮らない、飛行機しか撮らない、風景しか撮らない、という方も多いです。それはもうその道の魅力に気がつき、自分のセンサー、自分の心が求めるものが理解できた幸せな人だと思っています。

私はまだ見えないですが、スポーツ写真と、猫、空雲、夕焼け、都市、が好きなテーマです。

その中で、毎回同じ被写体を撮ることも多いです。特に近所に住んでいる野良猫はよく撮りに出かけます。この猫の表情は気分と天気でコロコロ変わります。同じ猫でも様々な表現はできるように撮り方を工夫することがとても楽しいです。新たな一面を写真に収めることができた時はとても嬉しいです。同じ被写体、同じカメラなのにいろんな表現の仕方があります。

このように同じ被写体で、同じカメラで条件を揃えた上えで、いろんな角度から切り取っていくことも、良い写真を撮ることに近づける方法だと感じています。

見上げる猫


良い写真へと辿りつくための教訓

その写真は、自分の技量ではなく自分以外のおかげ。

ここからは、今までの自分へのダメ出しと、

それらを認め受け入れ、改善しないと、良い写真に辿り着けないの思われる要素をまとめます。

①写真の腕が上がってるのではなく、周辺環境のおかげだと、認識する。

最近のカメラ、レンズは本当に優秀です。シャッターボタンを押せば、ピントを合わせ、シャッタスピード、絞り、ISOまで全部決めてくれます。手ぶれ補正、瞳AF付きで、人にレンズを向け、ボタンを押すだけで、それなりの写真データを生成することできます。

また、モデルさんを写真に撮る場合、カメラマンの腕ではなく、モデルさん自身のポージングや表情、眩しい中でも目を閉じない努力、被写体ブレしないようにじっと耐えてくれています。

一流機材、一流の被写体、に自分の技術はついていけているか?

その写真は、自分の腕は良いのではなく、自分の周りの環境のおかげで撮れているんだってことわかっているか?

②本当に努力してる?

自分より10歳年下のアマチュアカメラマンに影響をうけたことがあります。

公園で撮影してた時、同じNikonを使ってたこともあって少しだけ話ました。最近、その人とまた会いました。

向こうも覚えてくれていて、立ち話したんですが、彼はバイトしながらプロカメラマンを目指していて、時間をみつけては、写真を撮り歩いているとこことでした。彼が使っている機材はD3400。決して高い部類には入らないカメラでレンズもキットレンズでした。でも、とても一生懸命で、本当に真剣にカメラをやっているんだと感じました。

私はD850+20万くらいする単焦点。自分はこの子に何もかも負けている。写真に対する本気度、作例、写真と向き合う時間の量。

D850は立派なカメラです。ですが、それをもっていることが少し恥ずかしくなりました。

良い写真までのショートカットをお金で解決し探していたことを理解しました。

もっと努力しないと、身につかない。大好きなD850に見合うだけのカメラマンにならないと。

自分は、京都嵐山の祇王寺には数回撮影に訪れていてD850でも何回も撮影してますが、いつも同じ写真。季節が違うだけ。被写体のパワーでもっている写真ばかり。最近、このブログで更新している作例ギャラリーの整理をしていたのですが、全然成長していないことが目に見えてしまいました。何が作例だ。何がギャラリーだ。全然成長してないやん。もっと努力しないと。

③カメラマニアになっていない?

定期的に各メーカーから新しいカメラの発表があり、新技術がどんどん搭載されたカメラが次々とでてきます。
1秒間に20枚撮れます。手ブレ補正8段です。
 確かにすごいことです。シャッターチャンスを逃す確率が下がり、オートフォーカス精度が上がればピンボケ写真が少なくなります。
でも、その技術を使う前の、自分の内側のイメージはあるのか。
各カメラメーカーのおかげで、どんどん表現できる幅が広がっており、純粋に楽しいと感じますが、それと良い写真を撮ることは、少し離れた別のところにあるように感じます。
カメラスペックマニアになってないか、もっと本質的な所を身につけるべき。もう機材は十分揃っているはず。

④写真を趣味にしてるって人にいえる自信があるか。

スマホのカメラの性能がどんどん良くなり、スマホの画面上でみる分には見分けがすぐにつかなくなってきています。

世の中、ほとんどの人がカメラを持ち歩く時代になりました。

その中で、写真を趣味にしているって人に言う自信があるか。

スマホで撮った写真との差は?解像度?ボケ感?

イメージを持って考え撮影した写真を堂々と見せる自身はあるか?

 


結論

感じ、考え、イメージを持ってシャッターを切る
ここからは、「良い写真」を撮るために自分が持つマインドをまとめます。

①1日の撮影で、1枚の作品が残せればという気持ちで撮る。

私は、モデルさんを雇って特定の被写体を撮りに出かけるということはほとんどなく、

どこかの都市や地方に行って、写真を撮り歩くというスタイルで写真活動をしています。

朝から夜まで写真を撮っているとかなりの枚数になりますが、心から良いと思える写真はほとんど撮れません。

それは、イメージができてなかったからだと思われます。

今回の記事で書いた、イメージをもって撮影するというのとは実はかなり難しく、センサーに引っかかれるか、イメージを膨らませてそれを写真に昇華できるものは、1日で1枚撮れればかなり良い方だと思います。それくらいの気持ちで撮影に出掛けた方が、良いのかもしれません。下手な鉄砲はいくら打っても当たらない。

②カメラや周知の環境に依存しない。

本当に、良い写真を撮るにはまずは、自分のセンサーの感度を上げて、イメージし、それを表現できる技術を身につけてないといけません。

カメラ、レンズはもう必要十分揃っているはず。瞳AF?動物認識?手ブレ補正?新しい画像処理エンジン?

1秒で20枚も撮れる?一流のモデル?国宝建築物?そんなの関係ないです。

良い写真とは、良い機材で撮ることや、良い被写体を撮ることではありません。

自分のセンサーを磨いて感受性を高め、自分にしか撮れない世界を表現できるようになることが大切。

いま、このことを強く意識し取り組んでいかないと、このまま先、成長は見込めません。

③たまには誰かのために撮ってみる。

私の写真生活では、ストリートスナップなどの目的物を持たない撮影と、誰かのために撮る場合があります。

後者は、姪っ子や、会社でのお祝いの席や退任の席があります。

誰かのために写真を撮ることってとても、責任を感じます。その人が後で見返した時に、良い気持ちになって欲しいからです。

過去に何人かから、写真のお礼をされたことがあります。

その時、とても嬉しく感じ、写真をやっていて良かったと感じました。

写真って人を良い気持ちにさせることができ、これから先将来もまた思い出すことができる思い出としてとても良いモノだと、再認識しました。

私が子供の頃の家族写真を見ると、使い捨てカメラ撮ったものがほとんどです。

決して良い画質ではないですが、その時の家族の仲の良さや愛情が感じられます。これって良い写真だと思います。

カメラのシャッターを切ったのは父親や母親だと思いますが、シャッターを切ったときの愛を想像できました。

このように、誰かのために撮ることも、良い写真へのヒントだと感じています。

 


最後に

もっと真剣に、もっと自分と向き合って。

ネモフィラ

「良い写真」の正体を探るための考察として、

「良い写真」を撮るために必要な思考と、そのプロセス、

それを全然実行、習得できていない自分への当て付けを書きました。

 

もしかしたら、少し共感してもらえる部分もあるかもしれません。

写真なんて、もっと気軽に、自分の感性のまま、なん年後かに見返したいという純粋な気分で撮ればよい。

とも思います。

ただ自分は、「良い写真」を撮れるようになりたいです。

そのためには、もっと真剣に写真のことを考え、被写体ではなく、はじめにもっと自分と向き合うことが必要だと感じます。

 

私はこの記事を書く中で、自分の考えや、昔の写真やその撮影時のことを客観的に考えていました。

まだ進み始めたばかりで、今回、書いたプロセスが正しいかもわからないですが、写真の次のステップの入り口へ立てた気がしています。

ここ最近、写真を見ることが辛く、写真のことを考えると苦しくなる自分がいました。

でも、今回この記事を書いたことで、心の整理と、撮るべき行動が分かり、また写真と向き合える気がしています。

苦しくなるってことはもう写真と真剣に向き合え始めているってことなんじゃないと思えたからです。

 

やっぱり写真って楽しいし、すごいモノだと再認識しました。

 

これからも良い写真を撮れるように、「良き写真」の正体を探してがんばります!

このブログの「Gallery」のページを随時更新していきます。

まだまだ「良い写真」にはなっていないものばかりですが、良かったら見ていってください。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

猫
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